大阪高等裁判所 平成8年(ネ)1968号 判決 1997年1月28日
控訴人 ボストン開発株式会社
右代表者代表取締役 天野進光
右訴訟代理人弁護士 西本徹
同 山﨑国満
被控訴人 新日本証券株式会社
右代表者代表取締役 川口忠志
右訴訟代理人弁護士 宮﨑乾朗
同 玉井健一郎
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人は、控訴人に対し、金三七〇万五〇〇〇円及び内金三三七万五〇〇〇円に対する平成二年七月一〇日から完済まで年五分の金員を支払え。
2 被控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その七を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。
三 この判決主文一1項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、一二二五万円及び内金一一二五万円に対する平成二年七月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行の宣言。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二当事者の主張
一 当事者の主張は、次の二のとおり附加するほかは、原判決事実摘示関係部分記載のとおりであるから、これを引用する。
ただし、次のとおり補正する。
1 原判決二枚目表四行目の「被告から」を「被控訴人の従業員平田一弘の勧誘により被控訴人から」と改める。
2 同三枚目表三行目の文頭から同五行目の文末までを次のとおり改める。「平田は、平成四年三月二日、同人の不誠実さにより控訴人にワラントを購入させて損害を被らせたことを認め、一一二五万円の損害を一生をかけてでも償う旨控訴人に約束した。」
3 同表九行目の「本件損害賠償として」を「民法七一五条に基づく損害賠償請求として」と改める。
二 当審付加主張
1 控訴人
(一) 平田は、同人の不誠実な勧誘により控訴人に迷惑をかけたので一生かかっても損害を償う旨の「約状」(甲二)を作成して控訴人代表者に渡した。平田が右約状を作成したのは、同人が本件ワラント勧誘の責任を負わざるを得ないような事実があったからである。
(二) 原判決は、ワラントの内容や危険性を控訴人代表者が理解していたかのように認定しているが、事実誤認である。平田の五分余りの説明で控訴人代表者が理解できたはずはない。控訴人代表者は、平田の必ず儲かるとの断定的判断、元本を保証するとの言動によりワラントを購入させられたのである。内容や危険性を理解して購入したものではない。こういう事実があったからこそ、ワラントが紙屑同然になるに及んで、平田は、土下座、号泣し、「約状」を控訴人代表者に提出したのである。
2 被控訴人
控訴人の当審付加主張を争う。
甲第二号証の「約状」は、平田が控訴人代表者に脅迫され、やむなく書いたもので同人の自由な意思に基づくものではない。
理由
一 控訴人が、被控訴人の従業員平田一弘の勧誘により、平成二年七月一〇日、被控訴人から本件ワラントを購入したことは当事者間に争いがない。
二 事実の認定
前示争いない事実と<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 控訴人代表者天野進光は、高校卒業後泉大津市役所に勤務し、昭和六三年、市長選挙に立候補するため退職した(但し、落選)。平成二年一月三一日、控訴人会社を設立し、代表取締役に就任した。
平田は、昭和六二年四月、被控訴人会社に入社し、平成四年七月に宇都宮支店に転勤するまでの約五年間被控訴人堺支店に勤務していた。
控訴人代表者は、平成元年一二月ないし平成二年一月頃、知人の紹介により平田を知った。控訴人代表者は、自宅を売却して資金ができたので株式投資をしたいと平田に話した。平成二年二月九日、控訴人代表者は設立したばかりの控訴人会社と控訴人代表者個人名義で被控訴人に取引口座開設の申込をした(乙一、一〇の各1、2)。
2 平成二年二月一三日、控訴人は、平田の勧めにより初めて投資信託(ニュートピックスインデックス)を買った(甲三、乙七の3)。その後本件ワラントを買う同年七月一〇日まで、控訴人は、被控訴人会社を介し、主に株式を中心とした有価証券の取引をした。六月一日には、控訴人代表者個人が、同月一五日には控訴人会社が店頭取引に関する確認書を差し入れ、店頭取引も始めた(乙四、一一)。これは、上場株式の相場が芳しくないので店頭取引がよいと平田が勧めたものである。六月一四日には控訴人会社名義で信用取引口座も開設し、信用取引も始めた(乙三)。この約五か月間に、控訴人や控訴人代表者が取引した株式等はすべて平田が勧誘したものであり、控訴人代表者が銘柄を指定したことはなかった。平田は、電話や書類で売買の内容を知らせてきたが、控訴人代表者は平田を信頼し、平田の勧める銘柄、数量をそのまま受け容れていた。控訴人代表者と平田とは、寿司屋や料亭で食事をしたり、サウナに行ったりして親密に交際した。七月八日前後頃、平田は、控訴人代表者の自宅に二日間泊めてもらった。
3 平田は、平成二年七月一〇日、控訴人代表者に電話で本件ワラントの購入を勧めた。ワラントを知っているかと平田が控訴人代表者に尋ねると、控訴人代表者は知らないと答えた。平田は、三井物産ワラントの話を出し、三井物産の株価は現在九〇〇円程度であり、ワラントは一五ポイント前後で動いている、株価が一割上がればワラントは二、三割上がる、その逆もあるがワラント売買の利益は大きいと言った。控訴人代表者は値動きが激しいと聞いて、危ないならやめようと言ったが、株式よりも値動きが大きく利益が出るとの平田の説明に動かされて買う気になった。控訴人代表者は平田の勧めに応じる旨返答し、控訴人と被控訴人との間に本件ワラントの売買契約が成立した。代金は一一二五万円であった。それは五分以内の短い電話でのやりとりであった。
平田の勧誘により控訴人が購入した本件外貨建ワラント(三井物産WR93)は次の内容のものである(甲一四)。
(一) 権利行使期間 平成元年二月二〇日から平成五年一月二二日まで
(二) 権利行使価格 一株一一三五円一〇銭
(三) 社債額面 五〇〇〇ドル
(四) 数量 一〇〇枚
(五) 固定為替率 一ドル一二八円八〇銭
権利行使により取得できる株数は、社債額面に購入数量を乗じた金額(ドル)を固定為替率により円に換算し、それを権利行使価格で除した株数となる。権利行使のために必要な金額(新株発行価額の払込金額)は、右株数に権利行使価格を乗じた金額となる。また、ワラントの売買は、証券取引所ではなく、証券会社と顧客との直接取引によった。控訴人も、被控訴人が保有する本件ワラントを直接被控訴人から買ったものである。
4 右売買の際、平田は、ワラントが一定の期間内に一定の金額で一定の数量の株式を買い取る権利であること、外貨建てであること、その他前項記載の本件ワラントの内容を説明しなかった(平田も自認するところである)。控訴人代表者は、ワラントがいかなるものであるかを知らず、単に値動きが激しい株式くらいに理解していた。なお、控訴人は、平田が、ワラントは元本保証であると言ったと主張し、控訴人代表者の供述には右主張に副う部分がある。しかし、これを否定する平田の供述、株式でも元本が保証されていないことに照らすと、前示損害を償う旨の約状(甲二)を考慮に入れてもなお控訴人代表者の右供述部分をたやすく惜信することができない。
なお、七月一〇日、控訴人は本件ワラントのほかに、平田の勧誘で、店頭株式を一六〇〇万円余で買い、その日のうちに売って利益を出した。翌七月一一日、平田は特別の情報があると言って大谷桜井鉄鋼の株式を勧誘し、控訴人は右株式を二〇〇〇万円余で買った。しかし、平田はさしたる情報を持っていたわけではなかった。
5 平田は、本件ワラント売買の二、三日後、控訴人代表者を訪ね、外国新株引受権証券取引説明書を持参した。控訴人代表者は、日付を遡らせた七月一〇日付の外国証券取引口座設定約諾書(乙五)、国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書(乙六)に記名捺印して平田に渡した。平田は、このとき初めて、ワラントが一定の期間内に一定の金額で一定の数量の株式を買い取る権利であること、権利行使期間はあと約二年半までであると簡単に説明した。控訴人代表者は詳細な説明は不要との態度であった。二、三分の説明にすぎなかった。
6 その直後の平成二年八月二日、イラクがクウェートに侵攻した頃から株価は下落の一途をたどり、回復の兆しがなかった。本件ワラントの価格も下がり、大谷桜井鉄鋼の株価も下落した。平成三年一月末と二月初め、控訴人代表者は、本件ワラントと大谷桜井鉄鋼株式の件で、平田にクレームを言った。
平成三年九月頃には、ワラントが紙屑になるとの新聞記事が出た。このこともあって、控訴人代表者は、平田が元本保証と言ったから買ったと抗議した。平田は、元本保証を認めたわけではなかったが、控訴人に大きい損害を与えたことを自覚し、退職も覚悟して、控訴人代表者に土下座し、泣いて謝った。
平成四年三月二日、平田は、控訴人代表者に呼び出されて控訴人事務所に行った。控訴人代表者は、損失を補償せよ、一筆書けと強く迫った。平田が前示「約状」(甲二)を書いて差し出すと、控訴人代表者は、本件ワラントの預り証を平田に返還した。控訴人代表者は、脅されたというなら警察に訴えろと言って、警察署に電話するような仕草をした。
三 平田の不法行為の検討
控訴人は本件ワラントを購入した当時、未だ、株式投資信託を始めて五か月の経験しかない投資者であった。しかもその頃、ワラントは、株式と異なり一般に広く知られてはいなかった。ワラントは、一般に一定の期間内に一定の金額で一定の株式を購入する権利であるが、その権利内容には注目されず、むしろ転売差益を目的として購入され、売買されていた。しかし、証券取引所における上場株式の取引のように市場が形成されているわけではないから、相場も不明確であり、適宜自由に売却できる保証もなかった。また、本件のような社債とは分離したワラント(分離型)は、ワラントが無価値となると、社債としての権利も残らず、全く無価値の紙片と化す。このように分離型ワラントは、投機性が強くて好ましくないとして、当初はその売買が許可されていなかった。それが金融の自由化、市場開放の趣旨で昭和六〇年一〇月に規制が緩和され、分離型ワラントが発行されるに至った経緯がある。そうすると、株式と異なり、分離型ワラントは、その性質上権利行使期間を過ぎてしまえば、全く無価値になってしまう。このように分離型ワラントの危険性の大きさは株式の比ではなかった。
分離型ワラントのこのような特殊な性質からすると、もし、証券会社においてワラントの購入を顧客に勧誘する場合は、投資者に対し、その危険性などについて十分な情報提供ないし説明義務を負う。それは、取引の危険性を的確に認識したうえ、自己の資力を超えて、投機的取引に入るか否かを、自己の自主的かつ自由な判断と責任で行うものでなくてはならない。しかし、それは投資者に十分な情報が提供され、不当な勧誘が排除され、誰れもが合理的な投資判断能力を有する状態におかれていることが前提となる。一般投資者は、自ら投資判断するのは困難であり、専門的情報を集め、知識、経験に富んだ証券会社等の助言、勧誘に依存しなければならない事情がある。そうでなければ、情報量の格差に基づき、一般の投資者は証券会社等を盲目的に信頼して、いうなりに取引をする事態が生じやすい。判断能力のない者を市場に引き入れたり、投資者に適合しない証券を勧誘することは厳に慎まなければならない。まして、証券会社は営利を目的とするため、このような勧誘が行われることが多い。
このようにして、勧誘に当たり十分な情報提供や説明をする証券会社の義務は証券取引法五〇条一項、五四条一項などの各規定の趣旨や信義則上これを認めることができる。そして証券会社は、分離型ワラントの購入を顧客に勧誘するに当たっては、株式以上に高度の注意義務をもって顧客に対し、十分な説明をする義務がある。証券会社は、右ワラントを推奨するに際し、顧客に通り一遍の説明をするのみでは足りない。顧客の投資目的、資金の性格、量、投資経験の長短や知識、社会的地位、財産等に応じ右分離型ワラントが極めてハイリスクなものであることをも指摘し、なお、ハイリターンその他の故にこれが顧客に適合すると信ずるに足る合理的根拠を十分に説明すべきである。こうして顧客が判断能力を得たと確信したとき初めて取引の注文を受けなければならない。
ところが、前示認定事実によれば、平田は、値動きが激しいと控訴人代表者に短い電話の中で述べたのみで、本件分離型ワラントの内容、重大な危険性をほとんど説明していない。控訴人代表者が自分を信頼しているのに乗じて控訴人から注文を取り付けたのである。ワラントの内容を少しなりとも説明したのは、取引の後になってからに過ぎない。このような状況からすれば、平田には前示説明義務違反があり不法行為の違法と評価し得る違法な勧誘を行ったものでこれに故意又は少なくとも過失があることが明らかである。そして、平田は、被控訴人の事業の執行につき本件ワラントの購入を勧誘したものであるから、被控訴人は、民法七一五条により、平田の違法な勧誘により控訴人が被った損害を賠償すべきである。
四 しかし、控訴人が平田の不法行為により損害を被ったといっても、控訴人側にも大きい過失がある。本来、ワラントでなくても利益を目指して証券取引をする以上、そこにリスクが伴うことを覚悟しなければならない。利益が出ても損失を被っても、前示のとおり本来は自己の責任である。控訴人代表者は、平田に委せきりにして株式取引を継続し、平田が、本件ワラントを勧誘した際にも深く検討もせず、儲かるという説明のみを軽信して安易に本件ワラントを購入したのである。平田に委せきりにするならその結果としてのリスクも負わなければならない。右事実と控訴人代表者の年齢その他諸般の事情を総合的に考察すれば、控訴人側の過失を七割とするのが相当である。
前示二3の認定事実によれば、控訴人が本件ワラントを購入するために支出した金額は、一一二五万円である。その三割の三三七万五〇〇〇円と弁護士費用相当額と認める三三万円の合計三七〇万五〇〇〇円が平田の不法行為により控訴人が被った損害と認められる。
五 以上のとおり、控訴人の請求は、三七〇万五〇〇〇円及び内金三三七万五〇〇〇円に対する不法行為の日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。よって、これと異なる原判決を変更し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 小田耕治 細見利明)